1996年度集中講義 のアブストラクト  


東京大学大学院数理科学研究科


数理科学特別講義 IX

講師:田中一之(東北大・理学研究科)

題目:2階算術のモデル論

内容:
自然数および自然数からなる諸集合を対象とした理論を2階算術といい,その様々な公理 系の性質やそれらの間の論理的関係を明らかにすることが数学基礎論の古典的テーマの一 つである. 本講義では,この古典的な題材を現代的なモデル論の手法を用いて議論する.特に,WKLo と呼ばれる公理系のモデルの性質とその応用について述べる.また,どの公理系でどこま で数学が展開できるかを検討する「逆数学プログラム」の成果についても概説する. 予備知識としては,完全性定理,不完全性定理,recursive functionの諸性質くらいを仮 定しておきたいが,必要事項の復習を講義のなかで行うので,学部生や他分野の学生の聴 講も歓迎する.


数理科学特別講義 V

儀我 美一(北大・理)

物質の2相を隔てる曲線,曲面を界面という。 その運動を記述する発展方程式を解析することは, 非線形・非平衡現象を理解する上で重要である。 結晶成長における結晶表面のような界面は, 熱力学的駆動力によって動くと考えられる。 その際の表面張力は,界面が曲がるのをくい とめるように働き,その効果は曲率として 方程式に反映される。 界面の運動が,その幾何学的形状によって 決まるいわゆる「界面支配モデル」でも, 運動を記述する発展方程式は,非線形偏微分 方程式となり,厳密解が求まることは, ほとんどなく,その解析は容易ではない。 界面の微細構造により,表面エネルギーは 異なり,したがって表面張力の効果は物質に より異なる。 それは,発展方程式の拡散項の多様性に反映 される。 例えばクリスタライン・エネルギーの場合, 曲率は非局所的に定まる量になる。 本講義では,以下の問題に対応する発展 方程式の解析を行い,曲率の多様性が解の 形状におよぼす影響を調べる。 1. 表面分子拡散のあるモデル 2. クリスタライン・エネルギーによる曲線, 曲面の運動 3. 境界条件のある,平均曲率による運動 [1] 儀我,陳著,動く曲面を追いかけて, 日本評論社 (1996) [2] 儀我美一,曲面の発展方程式における 等高面の方法,数学 47(1995), 321-340.

数理科学特別講義 VIII

宇野勝博

(講義の表題)Quiver と表現

(講義の概略)Quiver とは、そもそも矢筒を意味する言葉であるが、ここでは、有 向グラフ(矢がたくさん集まったもの?)の意味で用いる。 1970 年代前半、 P. Gabriel らは、ある種の代数について、表現についての情報を 含む形でその構造を記述するには、 Quiver を用いれば非常にうまくいくことを示し た。もう少し正確に言うと、これは表現のカテゴリーについての情報を与える記述方 法であり、任意の有限次元代数は、上で考えられた代数のいずれかと同値な表現のカ テゴリーをもつことが知られているので、Quiver は表現カテゴリー研究の手段とし て大変重宝されることになった。例えば、種々の有限性定理については、 Quiver を 用いたかなり見やすい証明が得られた。また、この方法は、表現についてかなり満足 できる情報を与えるため、近年では、代数=Quiver (+ Relation) と考える表現論研 究者も多い。更に、その後、Auslander と Reiten により表現のカテゴリーそのもの の大まかな状況を Quiver で記述する方法が発見された。表現論のひとつの研究対象 は、表現カテゴリーそのものであるから、このことにより、表現カテゴリーの研究を Quiver なしで行うことは、もはや考えられなくなった。 この講義では、このように表現論の様々な場面で登場する Quiver についておおむね 以下の順で解説する。
(1)Quiver による代数の記述
(2)有限性定理と Dynkin グラフ
(3)meta 表現論(Auslander-Reiten quiver の理論)入門

主として群環を例にとりながら議論を進める。また、時間に余裕があれば、更に発展
した話題( stable equivalence, derived equivalence 等の表現カテゴリーの種々
の同値性)についても述べる。



数理科学特別講義X
 
河澄 響矢 氏    北海道大学理学部

1月6日(月) --  1月10日(金)  14:40 -- 16:40

       第3種アーベル微分と写像類群

実曲面の写像類群のコホモロジーを調べる。これはリーマン面のモジュライ空間の コホモロジーを少し詳しくしたものである。一番基本的なコホモロジー類として森 田・マンフォード類がある。これを、曲面のホモロジー群に由来する捩れ係数のコ ホモロジー類(一般森田・マンフォード類と呼ぶことにする)に拡張する。リーマ ン面の第3種アーベル微分を実曲面の写像類群のコホモロジーの言葉で捉え直した ものを組み込むのである。  この一般化は不毛なものではなくて、写像類群の、曲面のホモロジー群に由来す る捩れ係数の安定コホモロジー群と自明係数の安定コホモロジー環との違いは一般 森田・マンフォード類で尽くされている。また(有理数係数では)ジョンソン準同 型を含んでいるので、写像類群のベキ零近似のコホモロジーを調べる道具になる。  群のコホモロジーの(標準複体を使った)初等的計算がこの講義の中心である。

数理科学特別講義XII

中原 幹夫 氏  近畿大学理工学部 
1月13日(月) --  1月17日(金)  14:40 -- 16:40

       経路積分とその応用

経路積分の入門とその数学への応用を講義する。講義では、数学者 が物理学者の書いた文献を困難なく読めるようにすることを念頭に置 き、また仮定、定義、定理等の区別を明確にする(ように心がける)。

1. 解析力学  Newton力学をLagrange関数を用いて表す。次にこれと同等の理論 をHamilton関数を用いて表し、余接束のSymplectic構造を用いて Poisson括弧を定義する。

2. 正準量子化  Poisson括弧を演算子の交換関係で置き換えることにより、古典系 を量子化する。また、同等な理論としてSchr\"odinger方程式による 量子力学を導入する。最後に調和振動子の量子化を行う。

3. Bose粒子の経路積分  Lagrange関数を用いて古典力学系の量子化をおこなう。ある初期状 態から出発した後、与えられた終状態をとる確率振幅は、作用の指数 関数を、境界条件を満たす総ての経路について積分することにより与 えられることを示す。経路積分は正準量子化と同等であることを示す。

4. 調和振動子の経路積分による量子化  経路積分の例として1次元調和振動子を2、3の方法で量子化する。

5. Grassmann数の解析学とFermi粒子の経路積分  Fermi粒子は古典的にはGrassmann数で記述される。まず、Grass- mann数の解析学を紹介し、次にこれらを用いてFermi粒子の経路積分 による量子化を行う。

6. 超対称量子力学  Bose粒子とFermi粒子の両方をうまく組み合わせると、理論は2つの 粒子を混ぜる超対称変換に対して不変になる。次章の準備として簡単な 超対称量子力学系とそのWitten指数を導入する。

7. 指数定理  超対称量子力学を用いてAtiyah-Singerの指数定理を証明する。時間 が許せば経路積分における局在化についても解説したい。

数理科学特別講義 IV

高木 泉 氏  東北大学理学部 
1月20日(月) --  1月24日(金)  14:40 -- 16:40

       非線型楕円型境界値問題の特異摂動解と集中現象

本講義はある半線型二階楕円型偏微分方程式に対する境界値問題に関するも のである.この方程式は生物の形態形成の数理モデルの研究において基本的 な役割を果たすことが知られていて,数値シミュレーションによりスパイク 状の解が存在することが早くから予想されていた.このような刺状の解は最 高階の導函数を含む項の係数が十分小さいときに現れ,従って特異摂動問題 と見做すことが出来る.特異摂動解では解の空間的構造が非常に狭い範囲で 急激に変化すること(境界層や内部遷移層など)が知られている.しかしこ の問題に対しては,境界層や内部遷移層を扱うために整備されてきた標準的 な特異摂動法の処方箋をそのまま適用することができず,新しい手法を開発 する必要があった. 近年このような問題を扱うために二つの方法が提示された.一つは変分法に よるもので,変分的特徴づけを利用して解の詳細な構造を明かにするという 方向である.この中には所謂「峠の補題」を精密化することによってより高 いエネルギーをもつ解を見つけることも含まれる.もう一つは構成的方法と いうべきもので,解の十分よい近似をみつけ,その近傍に解が存在すること を示すという方向である.どちらの方法も解の漸近展開の最初の2項まで正 確に求めることが要求されるという点で技術的には共通の性質をもっている . 本講義では,これら二つの方法を概観しながら,刺状解の詳細な構造を明か にすることを目指す.特に,極大値を達成する点の位置を領域あるいは境界 の幾何学的な量によって特徴づけ,解の漸近形を与える. 予備知識としては,線型二階楕円型境界値問題の(解の存在・滑らかさに関 する)標準的理論と変分法(峠の補題)に関する基礎的な事項を知っている ことが証明の細部を理解する上で望ましい.しかしながら,講義では必要に 応じて簡単な解説を加えながらそのような理論を適用していくので,二階線 型偏微分方程式の入門的な講義を聴いたことがあれば要点を理解するには十 分であろう.


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